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こよなく何かを愛したい

ラミネート加工の日記

「痛快ウキウキ通り」後の小沢健二が言うところの「薄い曲」について

1996年4月に出たロッキンオンのインタビューを読んでの表題の件です。今更、こんな過去のインタビューを遡って感想を書く人間なんて稀だと思いますが、個人的に色々と思うところがあったので書いていきます。

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ちなみにこの表紙の号ですね。

私もリアルタイムで触れていた世代では無いので、インタビューを読むとギョッとする様な(あんまりフリッパーズの頃と変わっていない様な)高飛車発言があったりして(僕はすっごい幅広い音楽知識を持っていると思うんですけれど〜 p39とか)、まあその当時のオザケンブームを分かっていての発言なのかもしれないけれど、色々とひふみよ以降の小沢健二しか知らない立場からしたら結構驚く様なことを言ってたりします。

 

このインタビューの中で、もう一つ気になる点が表題の件です。

「ちょっと薄い曲を作りたいんです。なんか曲の中で一つのことしか言ってないようなね。もう"痛快ウキウキ通り"とかはあれもいい・これもいいなんて言う風に、いっぱい詰め込んじゃうんですよね。今まで僕ができてることとかこれから考えてくこととかもうギュウギュウに入れてさ、どこをうたってもなんかズシってくる様な風に作ってますけど。なんかそんな曲ばっかだったら、あんまり聴きたくないですよね、なんか(同じくp39)」

小沢健二がどれだけ「痛快ウキウキ通り」と言う楽曲に熱を込めてたのかは分かる所ではあるけれど(ライフの楽曲全てを纏めたとまでと言っている)、こう言った発言から思い出されるのは、その後に発表された刹那未収録曲のシングル群だと思います。

Buddyと指さえものシングル二枚。計8曲(一曲はそれはちょっと再録なので7曲)。


Buddy  小沢健二


小沢健二「恋しくて」 1997年/TV/LIVE


back to back - 小沢健二

全部載せると長くなるので、あとはご自身で検索して下さい。

 

やはり、刹那未収録曲は驚くほど一曲で一つのメッセージしか言っていない様な気がします。ラブソングに関しては現実的なところの描写(恋しくての「ブドウを食べたり〜」とか)が槇原敬之的と言っても差し支えない。

ただ、所々に小沢節と言わざるを得ない「未来から現在をみた描写」(すごい余談ですが星野源は過ぎ去った甘い時間を取り憑かれていたと悲観的に捉えるのに対し、小沢健二は魔法の様なもの、と捉えてる意識の差から文化系アイドルとしての両者を語っている文章が読みたいです)だったり、「過ぎ去った時間への憧憬」が溢れていて、ファンからしたらこれらの「薄い」楽曲の方がオザケンらしさが出ていて好きなあたりではある。

なんでこの文章を書いたかと言うのは、オザケン自身に、あの当時の曲は決して薄く無いし相当個性が出ていて今でも埋もれない楽曲だと思うので是非再録だったり再度シングル集を出して欲しいと言う個人的な欲求に基づいていますので、これを万が一オザケン本人が読んでいたら、是非とも御一考いただければと思います。

 

(痛快ウキウキ通りのアラビアンナイトってフレーズにも単語のイメージだけではないものを詰め込んだと言うけれど、あいにく私にはこれぐらいの教養しかないので何にもいえない)

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